Episord 7 晴れてマネージャーに

 地元で尊敬される対象として知られていたNEMSの経営者エプスタインが、“粗野な若者たちの音楽”に係わったということは、リバプールではセンセーショナルな“事件”となった。
「エプスタインは何を考えているんだろうね?最近では、まともに仕事の話も出来ない。あの馬鹿野郎どもと、いつも一緒なんだ。」

当時を知る者の1人ウォルター・ヴィーバーはこう回想する
「(ブライアンの父ハリーは)困惑した表情で、あのチンピラたちと一緒に彼がうろついているのを見ると恥ずかしいと言っていました」
「彼の家族や同業者は、頭がおかしくなったのだと考えていました。彼が、何も無いところから素晴らしいものを創り出したということを誇らしく思うようになるのは、ずっと後のことでした」

このヴィーバーという人物は、NEMSの数軒先にあった楽器とレコードの店の経営者だった。彼は、あれよあれよと言う間に、エプスタインがレコード店経営で成功者となるのを肌で感じていた人物でもあった。
彼によれば、エプスタインの音楽に関する知識は桁外れなものがあったと言う。同時に、どんどんレコードのストックが増えていくことには疑問を持っていた。あらゆる可能性を考えていたエプスタインは、個人経営のレコード店としては考えられないほど、途方もない数のレコードをストックしていたのだと言う。

このあたりの感覚は、何やら危ういものが無いでもない。拡張に拡張を重ねた経営の行き着く先は、どのようなことになるのかは明らかだからだ。
だが、ブライアンは現状維持に満足する人間ではなかった。そして、これまで見て来たように、ある程度、成功するか、満足してしまうと、フッと気が抜けてしまい、それまで傾けていた情熱も失せてしまう。
しかし、だからこそ彼は、新たに自分が熱中できる対象としてビートルズを選んだのだろう。彼が現状維持派の良識ある地元リバプールの要人として落ち着けるタイプであれば、ビートルズなどは目にも入らなかったのではあるまいか。 リバプールの殆どの人間は、エプスタインに対して懐疑的であり、批判的だった。
それほど彼がやろうとしていることは、愚かしく見えたのである。

だが、エプスタインは、自信を持っていた。キャバーン・クラブでのあの強烈なビートルズ体験は、これまでまったく経験したことがないものだった。あのゾクゾクするような感覚こそが、求めていたものなのだ。
彼はこの原石を磨き上げ、自分の行っている事が素晴らしいものであることを証明しなければならなかった。それは、恐らく何よりも自分を満足させてくれる筈だったからだ。

ビートルズは、リバプールの音楽シーンの中では、頂点に立つグループだった。当時300組もいたと言われるロックグループの中では確かな人気も得ていた。
だが、それは所詮、小さなコップの中の幸せである。彼らには、将来に対する不安と、何も保証のない日々があるばかりだった。
ちょうどその時、まったく違った世界から、突然、救世主のように現われたのがエプスタインだった。彼は金も地位もあり、ビートルズにいま必要なのは自分なのだと情熱的に語りかけて来たのである。お互いにそれなりに成功していたが、同時に満たされないものを抱えていたとも言える。まったく違う世界に居りながら、両者は似た者同士だったのかも知れなかった。

ビートルズの正式なマネージャーになったエプスタインは、さっそくビートルズの仕事に取り掛かった。まずは、自分の売り込みである。エプスタインという人間の存在をアピールする必要があった。同時に、ビートルズに対するレコード会社の関心を引くことが重要だと考えた。

普段の彼は物腰が丁寧で、物静かであり、気弱な印象さえ与える人間だったが、仕事に熱中している時は、まったく違った。
彼は何よりも自信に満ちていた。自分がこれだと思うものを発見すると、それを手に入れる。そうしていれば、人々が殺到して来るというのが、これまでの成功パターンであった。そして彼は、今また、その方法でビートルズを売り込もうとしていた。
だが、旧弊な考え方にしがみついているイギリスのレコード業界という大きな壁が彼を待ち受けていた。

彼は、EMIレコード・ロンドン本社マーケッティング部長に会い、「マイ・ボニー」を聞かせている。あのトニーシェリダン&ザ・ビート・ブラザースという名前で出されているレコードである。そして言うのだった。
「バックグループをよく聞いて下さい」
このレコードは、私も何度も聞いているが、バックグループとしてビートルズが居るというだけで、これと言って特徴があるとは思えない。このレコードでビートルズの素晴らしさが解るとは到底思えない。
だが、エプスタインは、この方法をレコード各社に対して同様に行っている。
「バックグループをよく聞いて下さい」
自分が素晴らしいと思うグループなら、その良さがわかる筈だという自信からなのだろうが、これは作戦としてはどうだったのだろう...
当時を回想して当時の部長ロン・ホワイトは語っている。

「ソロシンガーが前面で歌っているのに、伴奏に耳を傾けるのは難しいものです。判断を下すことはとても無理でした。でも、自分のアーティストに夢中になっているブライアンは、そんなことでは引き下がりませんでした。革ジャンを着たビートルズの写真を出して、彼らがどんなグループなのかを見せてくれました。彼は自信満々で、余裕たっぷりでした」

彼は、当たり障りのない受け答えをして、エプスタインを帰すのだが、エプスタインは大成功だと考えていた。
そして、次には「リバプール・エコー」にコラムを書いている人物にビートルズを取り上げてくれるように頼んだ。
回答は、悪くなかった。
だがそれは「ビートルズが契約を獲得してレコードをリリースしたら」地元の活躍ぶりを書きましょうというものであった。エプスタインの仕事は、まだ始まったばかりだった。

なすべきことは山のように控えていた...

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