Episord 18 ジョン・レノン

 いつの世にも、時代は若者が切り拓いて行く。若者に耳目が集まるのは当然のことであろう。ならばと考える。
若き日のビートルズを今一度、紹介してみてはどうであろうかと。
功成り名遂げ、今や伝説と化しているビートルズも、かつては普通の若者たちだった。ジョン、ポール、ジョージ、そしてリンゴの具体的イメージが得られれば、彼らをもっと身近に感じる事が出来るのではあるまいか。

1940年10月9日午後6時半、オクスフォード通りの産院で、1人の男の子が誕生した。戦争中でもあり、愛国的な心情に駆られたためか、ミドルネームはウィンストンと付けられた。時の首相チャーチルの名前を頂いたのである。
ジョン・ウィンストン・レノン。
やがて、ビートルズを結成し、世界中の若者のカリスマとなる男の子の名前である。

この時、父親の行方は誰も知らなかった。父親不在の夏、母親であるジュリアは妊娠に気づく。
フレッド・レノンとジュリア・スタンリーは1938年12月3日に結婚している。マウント・プレザン登記所でそれは行われた。だが、ジュリアの両親は現れなかった。
フレッドについて、ジュリアンの両親がどのように見ていたのかは、ジュリアの姉妹の1人であるミミの言葉が全てを物語っている。

「フレッドはハンサムだったけど、ジュリアのためにも、誰のためにもならない男だと、私達は思っていました」

フレッド・レノンは16歳から船に乗り、そこで使い走りのボーイから始めて、給仕係として働くようになる。孤児院(9歳の時に父が亡くなっていたため)を出た1週間後に運命の出会いがあった。
彼は、船の仕事を始める直前、友人と共にナンパ目的で公園に出掛ける。買ったばかりのスーツに山高帽というスタイルだった。それが女の子の気を惹くと考えたのだというから、なんだかミョーな若者である。
1人の女の子に目を付けた彼は、ブラブラとその前を通り過ぎる。すると、その女の子は言ったのだという。

「あんた、バカみたいに見えるわよ」

嗚呼、なんという出会いであろうか。ロマンティックでも何でもない。まるでマンガのようなシーンだが、いきなり目の前に現れた男の子に、こんな言葉をかけた女の子もなかなかに無いではないだろうか。
そう、このかなりいっちゃってる女の子こそ、ジュリアン・スタンリー、やがて、ジョンの母親となる娘なのである。

これを切っ掛けに2人はデートを始める。船の仕事であるから、2人は当然、離ればなれになる。フレッドの乗る船が帰港するたびに、デートを重ねるというわけで、それが2人の仲を新鮮なものにしていたのかも知れない。
もしも、フレッドが“陸の男”であればどうだっただろうか。なかなか興味ある「もしも」の1つではある。

誕生した男の子に、ミミは夢中になる。ジュリアのことなどそっちのけで、ジョンの世話をしたという。
誕生の日に不在だったフレッドからは、細々とではあるが送金があった。
だが、ジョンが1歳半の頃、突然送金が途絶える。ミミが得た情報は、フレッドが「船から脱走した」というものだった。ジュリアのフレッドに対する想いが急速に冷えたとしても当然だったろう。やがてフレッドは現れるのだが、すでにジュリアは別の男性と知り合い、結婚を考えるようになっていた。
フレッドによると、それなりの事情があったということなのだが、どうも旗色は悪過ぎる。

戦争が始まった頃、ニューヨークにいた彼は、リバティ船(戦争に係わる仕事をする船)に階級を下げられて転属されそうになり(そういうことがあるのかどうかは解らないが)それを逃れるために、乗船せず、収容所に入れられる。
しかし、結局、リバティ船で北アフリカまで行くことになり、そこで、積荷を盗んだという無実の罪で監獄に入っていたのだと言うのだ。

真犯人は下船しており、申し開きのしようがなかった...
どうもフレッドの話は、そのまま信用しかねるところがあるのだが、彼の言葉ではこのようなことになる。

それでもジュリアは、ジョンに対して悪い印象を与えまいとしている。
「2人でいつもふざけあったり、笑ったりしていたと母は言っていた。フレッドはきっと人気者だったんだろう」(ジョン)

少なくとも、ふざけ合っていたというのは確かだった。ミミの話によれば、ジュリアもまた一風変わった女の子だった。

「明るくて、シャレが上手で、ほんとに面白い子でした。
ただ、もう面白おかしければ、それで十分という感じで、
相手の本心がわかった時には、いつも手遅れなんです。『罪を犯されこそすれ、犯した覚えのない子』なんですよ」

要るべきときに居なかった父親は、やがて再び海へ。
ジュリアは同棲を始め、ジョンはミミが引き取る。

ジョンが5歳になった時、フレッドはミミの家に電話をする。
「ミミにジョンを連れて行っていいかと訊いた。いけないとは言えないわというのが返事だった」
そしてフレッドはジョンを連れて行った。ミミはジョンの行く末を案じたに違いない。

フレッドは仲間とともにブラックプールという街で暮らしていた。戦争に紛れていろいろな商売をしていた彼には金があったという。
友人と共にニュージーランドへ移住する決心をして、すべて準備が整った時、ジュリアがやってきた。
ジョンを返してくれというのである。

「私はジョンを呼んだ。『父さんと暮らすか、それとも母さんの家へ行くか、どっちにするかを決めなさい』
ジョンは、父さんと暮らすと言った。
ジュリアがふたたびジョンに訊いたが、やっぱり父さんと暮らすと言った。ジュリアは、家を出て行った。すると、ジョンが母親を追いかけて行った。それが最後さ。
次にジョンの噂を聞いた時、彼はビートルズになっていたんだ」

 P R