Episord 59 予言...

 1967年のポール・マッカートニーは、彼自身にとって、充実した年と言えた。アルバム『サージェント・ペパー…』は、事実上、ポールのアイディアから全てが始まっているからである。彼は、今までのビートルズのイメージを根本から覆すような世界を創り上げたかったのだと言う。
「僕等はビートルズであることにうんざりしていた。ガキの時代は終わったんだ。ギャーギャー騒がれるのも勘弁して欲しかった。僕等は以前とは随分違っていた。ジョンと僕以外に、ジョージも曲を創るようになっていたし、映画も作ったし、ジョンは本を出した」アイディアは、ケニアで休暇を過ごした後、ロンドンへ向かった飛行機の中で閃いた。

「僕等は僕等でなくなればいい。お馴染みのイメージを見せる必要はないんだ。そのためには、別のバンドの形態をつくって、別の仮面を被ればいい。ジョンや僕が別のバンドのメンバーだと考えれば、自由になれる。ビートルズでなく、別なバンドが作ったアルバムだと言うことにすればいいんだ」
それで彼は「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」という架空のバンドを考え出したわけである。ロンドンに帰った彼は、メンバーにこのアイディアを話した。
ちょっと考えたが、結局、他の3人は賛成した。アルバムのジャケット用に衣装も考えようということになった。
それまでのビートルズとは違った仮面を被るわけである。ポールは、すでにアルバムのデザインまでイメージしていた。

「最初に僕が描いたのは、居間の中でマーロン・ブランド、ジェームス・ディーン、アインシュタインといった肖像画に囲まれて、自分たちも肖像のように座っているというものだった。肖像のアイディアはどんどん広がって行って、ヒーローのリストは膨大なものになった」
この新しいコンセプトによるアルバムの曲づくりの一環として出来た曲には、シングルとして発売になった。「ストロベリー・フィールズ・フォエバー」と「ペニー・レイン」がある。
最初は、レコードのA面が「ストロベリー・フィールズ・フォエバー」B面が「ホエン・アイム・シックスティーフォー」となる予定だった。この3曲は、「サージェント・ペパー〜」のために創られたのだが、ブライアン・エプスタインのそろそろシングルを出すべきだという考えにより、シングルとして先行発売されたわけである。

「ストロベリー・フィールズ・フォエバー」はジョンの、「ペニーレイン」はポールの曲と言っていい。「レノン=マッカートニー」として曲が発表されているので、日本では、初めの頃、作詞がジョンで、作曲をポールが担当していると思われていたことがある。
実際は多くの場合、2人が協力して創り上げている。基本となるアイディアをどちらかが出すと、それにもう1人が違うアイディアをぶつける。そんな具合に曲は創られていた。
ただ1人だけで完成した曲というのは、殆ど無い。殆どが相手の何らかの協力を得ている。全く助けを借りずに、1人で創った代表曲としては「イエスタディ」くらいか。
これはポールの曲である。(契約の関係上レノン=マッカートニーとなっているが)
その他、曲づくりについては、なかなか面白い話があるのだが、それは後述することにしよう。

話は「サージェント・ペパー〜」のジャケットデザインに戻る。エプスタインは、ビートルズからそのアイディアを聞かされて不安になった。生存している人物には「肖像権」があるからである。
勝手にデザインを決めて、発表した後に、訴えられでもしたら、大変なことになるではないか。それは、当然のことだった.
だが、ポールは楽観的だった。ビートルズのアルバムに使われることに反対する人間など居るだろうか。彼は自信満々だった。

もし、訴えられたら、最高5,000万ポンドの賠償金が請求されるという話がポールに伝えられるのだが、あくまでもポールは強気だった。「結構です、そういうことにしましょう」
しかし、法律の専門家が見れば、そのアルバム・デザインが危険だらけだったのは間違いなかった。
結局、エプスタインは、すでにNEMSを辞めていたウェンディー・ハンソンに、この厄介な問題の解決を依頼する。彼女は、あちこちに国際電話をかけ、必要な許可を全て取りつけたのである。

エプスタインは、この肖像権の問題をはじめとして、ビートルズの中で1人、ポールが他を3人を差し置いて、あるいは代表するような形で動きだしているのが気になっていた。
やがて、ビートルズは、ポールが中心となって、アップルという会社を発足させた。
エプスタインの秘書であったジョーアン・ニューフィールドが言う。「アップルを思い付いたのはポールよ。ブライアンを一等心配させたのは、いつもポールだったわ」
「電話で文句を言って来るのは決まってポールでした。ブライアンは長時間かけてポールに説明したり、あるいは口論したりしなければなりませんでした。人前では仲良さそうにしていましたが、ビートルズが何かゴタゴタを起こしている時の犯人は、殆どがポールでした。アップルは、ポールがブライアンにとっての頭痛のタネだということを示す証拠になりました」

エプスタインの秘書の言葉であるから、ポールは「犯人」にされてしまうのであるが、今やビートルズの行動はポールが中心となっていることは明らかだった。
アップルは事業投資をしない場合、300万ポンドの税金を支払うことになるという税務アドバイザーの助言により設立することになったという。事業ごとに子会社が設立される。アップルレコード、アップル・ミュージック、アップル・フィルム・アップル出版、アップル・エレクトロニクス…という具合だ。
ジョンの親友にして悪友、あのピート・ショットンもアップル・リテールとして小売店を経営することになる。

しかし、エプスタインは、アップルがビートルズにとって不名誉な結果になると信じていた。ビートルズはあくまでアーティストに専念すべきであり、ビジネスの世界に足を踏み入れてはならない。経営は専門家に任せるべきだと確信していた。彼は友人にこぼしたという。
「結成当時、音楽づくりの場から、自分を締め出す賢明さを持っていた彼らが、今頃になって自分達にビジネスのセンスがあると思い込むとは、何と馬鹿げたことだろう」果たしてその言葉は、あとから振り返ると“予言”そのものとなる。しかし、偉大な予言者も、自らの行動に関しては、しばしば予言不能に陥ることがあることも事実なのである。

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