◆All You Need Is Love 制作記◆                    by Tera
色んな思いの詰まった3分48秒                           Download
 「次は"All You Need Is Love"やるさかいな、覚悟しときや。」Cutsオーナーの無情な命令が届いたのは10月の初旬でした。実はそれよりずっと前の3月に一度打診されていたのですが、シカトしたような形でウヤムヤにしていたのでさすがに今回は逃げられません。なぜそんなに躊躇するのか…
それは、明らかに大変だからです(笑)
ご存知のように、このジョン・レノンの名曲は「Our World」という世界初衛星全世界同時生中継の特別番組のために書き下ろされたものです。要するに現在のBS放送の幕開け記念式典ですね。
英国国営放送BBCがビートルズに出した唯一の条件は「世界中の視聴者に理解できるシンプルな曲にすること」だったそうです。このオファーに対してこれ以上の楽曲があるでしょうか?ジョンはCM作曲家になっていたとしても大成していたでしょう。絶対失敗の出来ないこのイベントのためにはさすがに周到な準備がされていて、放送前日ギリギリまでレコーディング作業が行われていたようです。

あらかじめ録音されていたのは、ドラム、ハープシコード(ジョン)、コントラバス(ポール)、ヴァイオリン(ジョージ)、ピアノ(マーティン)、バンジョー(ジョン)、コーラス、パーカッション(カコカコ?とタンバリン)ジョージ・マーティンのスコアによる管弦楽オーケストラ(ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、トランペット(フリューゲルホーン持ち替え)、トロンボーン、テナーサックス、アコーディオン) 。
【注 「レコーディング・セッション」にはヴァイオリン×4となっていますが、実際はヴァイオリン×2、チェロ、コントラバスという弦楽としては変則的なヴィオラ抜きの編成だと思われます。 】
そして当日はそのテープに合わせて演奏し、ヴォーカル(ジョン、ポール)、ベース(ポール)、ギターソロ(ジョージ)、ドラム、オーケストラ等が録音されました。
その後、少々の手直し(イントロのスネアロールを追加したり)を加えてミックスダウンされたのが、僕達が現在聴いている"All You Need Is Love"というわけです。
次の段落は人によっては「イラッ」として最後まで読む気力を失わせる内容が含まれていますので、特に「イラチ」の人は☆まで読み飛ばして頂いて結構です。(笑)
現在聴ける音源としては"MAGICAL MYSTERY TOUR"バージョン、"YELLOW SUBMARINE"バージョン、"YELLOW SUBMARINE SongTrack"バージョン、"1"バージョン、"Love""バージョン、"Our World Live(海賊版)"バージョンというバージョン違いが存在しますが、制作の行程から考えて、別バージョンというものは存在しないはずなのに、実は全部が微妙に違います。
"MAGICAL MYSTERY TOUR"バージョン(以下、"MAGICAL"バージョン)を基本と考えると、リマスターバージョンである"1"バージョンは同じマザーテープをディジタル技術で良音にしてマスタリングしただけなので基本的に同じはずですが、なぜか曲の長さが違うのです。
これは当時彼等が多用していたテープスピード操作で、マスタリング作業の際にテープレコーダーのピッチを微妙に早くしたり遅くしたりして「シャッキリさせたり、マッタリさせたり」してあったものを"1"でリマスターするにあたり元々のピッチに戻したのだろうと推測しています。
以前"ABBEY ROAD"プロジェクトの時に"Something"のテンポを"1"バージョンに合わせていたところ"ABBEY ROAD"バージョンより短くなってしまうということがあり、"1"のコンセプトは「ミックスはそのまま、ピッチは戻す」ではないかいな、と薄々思っていはいたのですが。
"YELLOW SUBMARINE SongTrack"は「アンソロジープロジェクト」の後に本格的に行われた初のリミックスアルバムでした。このアルバムに収められている"All You Need Is Love"(以下、"YELLOW new"バージョン)も一から作り直されています。可能な限り分解して磨き上げ、元のニュアンスを損なわないで現代に馴染む形に…いわば唐招提寺の「平成の大修復」みたいなものです。
ただしこの"YELLOW new"バージョンも"MAGICAL"バージョンとも"1"バージョンとも長さが違います。
ここで「曲長」の定義をハッキリさせておきましょう。

当たり前の話ですが、「曲長」とはその曲の長さの事です。しかし今回問題にしている「曲長」とはCD等のインデックスに載っている「何分何秒」という表記とは微妙に意味が違います。"All You Need Is Love"の"MAGICAL"バージョンは3分48秒、"1"バージョンは3分47秒ですが、これは小数点以下を省略した概数ですのでキッチリ1秒の差があるわけではないです。さらに「曲長」には実際の曲の長さプラス曲の前後の無音余白部分も含まれています。
つまり今回意味するところの「曲長」とは、無音部分を省いた実演奏部分の曲の長さ=テンポ=テープレコーダーの回転数です。言い方を変えれば「実際の演奏のピッチを最終的にどれだけ増減させたか」ということです。逆に言うと、例えばフェードアウトのタイミングの加減等で表記上の長さが1分違っても回転数が違わなければ「同じピッチ」ということになります。
今回調べたところでは長い順(遅い順)に、
"MAGICAL"バージョン<"YELLOW new"バージョン<"Love""バージョン<"YELLOW old"バージョン<"1"バージョン
という結果でした。
これはもうプロデュース側の判断ですので演奏したビートルズのあずかり知らぬところですし、最も遅い"MAGICAL"バージョンと最も速い"1"バージョンの差でも0.5秒未満ですのでほとんど「誤差」に近いものですが、その時々で様々な人達の考えがあったことを知る手がかりとしてはそれなりに意味のあることだと思い、敢えて書かせていただきました。

 さて実際の制作に取りかかるにおいて、まず事前に録音された部分とライヴ当日に録音された部分を厳密に分ける必要がありました。資料により上記のパート分けは出来ているのですが、既に録音されていても当日演奏しているパートもあります。全く同じに演奏しているなら良いのですが、定位やニュアンスが微妙に違うので「別パート」として扱わないと完全には再現出来ないのです。
唯一ライヴ前の録音が聴けるのは"Our World Live(海賊版)"のリハーサルバージョンなので早速チェックしてみました。長さは2番からアウトロ位までしかなく、当時のテレビ放送からのモノラル録音で司会者のMCがカブっていたり、管弦は再生されていなかったり…ですが、よく聴くとサビ部分の"All You Need Is Love〜"ではジョンの主旋律が既に録音されている事が分かりますし、ポールが弾くコントラバスも全編入っていたことが分かります。
結局ドラムは録音と当日の二回共叩いている事になります。"MAGICAL"バージョンをよく聴くと確かに左からと中央からとの二種類のドラムが聞こえます。当時は4トラックですから、管弦に1トラック、それ以外の楽器に1トラック、ジョンのヴォーカルに1トラック、コーラスに1トラックとそれぞれ振り分けられており、ドラムやピアノetc.の楽器達は1トラックにまとまって左に定位されていますので、左のドラムが録音、中央が当日ということになります。

これでほぼ解明出来ましたのでようやくデータ作成開始です。予想通りオーケストラで随分手こずりましたが、なんとか録り終え、数日後にCuts氏の生演奏が到着しました。
これがもう「乗り移った」としか言いようのない迫真の出来!
ジョンのヴォーカルは言うに及ばず、Aメロ直前の"take one"や"all together now , everybody"等のアドリブまでも完璧なニュアンスで送られて来たのです。

さあミックスです。
とにかく怖ろしい音数のトラックダウンです。さすがにメモリが足りず、演奏と歌とを別々に作業しなければPCが止まってしまいます。不眠不休で仕上げて「どうだ!」と送ったテイク1。
翌日のCuts氏からのメールには「ダメ出しなんて言う程のものは殆ど無いんですが、ちょいとだけ」と非情の手直し要請それも7項目!「ちょいとだけ」って… チェックしてみるとどれも確かにおっしゃる通り。「指笛」「歓声」が抜けているとの指摘も。
「これでどうや!」とテイク2を送信。
しかし、翌日のメールには「手直しありがとさんでした。でも、あと少しだけ言わせてやって下さい。」と容赦ないダメ出し。後半の掛け合いでのポールパートが中央から聞こえるとの指摘も。チェックしたらその通り。
修正して「うおおお!」とテイク3を送信。
翌日の返信には「完璧や...と言いたいのですが、すんません。あと二つだけ」
…orz
これが「毒皿シリーズ」と呼ばれる由縁なのです。まさに「毒を喰らわば皿まで」です。
結局テイク4でやっとOKが出ました。

今から41年以上前に作られた"All You Need Is Love"この2ヶ月後、ブライアン・エプスタインが亡くなりビートルズに亀裂が入り始めます。この曲はビートルズ全員とジョージ・マーティンが惜しみなく力を出し切った絶頂期の最高傑作です。ジョンがハープシコードとバンジョーを、ポールがコントラバスを、ジョージがバイオリンを…空前絶後です。こんな曲、そうはありません。

今回ここまで素晴らしい作品に仕上がったのは、プロデューサーCuts氏の執念のダメ出し99%と、僕の忍耐1%の結果でございます。(笑)                    by Tera     2009,01,10

う〜最後のフレーズはまるで在りし日の建築家、村野藤吾を彷彿とさせる深イイお言葉でございました(笑)それにしても君無くばあり得ない作品であったと思います。本当にご苦労様でした。    Cuts談

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