◆ギブソンとマーチン◆
ビートルズのアコースティックギターといえば、ジョンのギブソンJ-160E、ポールのマーチンD-28、エピフォン・テキサン、ジョージのギブソンJ-200ですね。
今回は特にメーカーとして双璧をなす、ギブソンとマーチンにスポットを当てての解説です。

 デビュー・シングル"Love Me Do"でエレキ・ギターが使用されていなかった事例を挙げるまでもなく、ビートルズにとってアコースティックギター(以下アコギと略す)はなくてはならない楽器であった。音楽的に考慮するなら初期のビートルズは"Twist And Shout"などに代表されるヘビーなロックン・ロールと"PS I Love You"などのソフトな曲を演奏するという二面性を持っていた。ファースト・シングルに"Love Me Do"と"P.S I Love You"というソフトな2曲のカップリングが選ばれたのは、プロデューサー、ジョージ・マーティンが当時のイギリス国内の音楽的流行を考慮し、ヘビーなサウンドは時期尚早と考えたのであろう。
その時点でまともなアコギを所有していなかったメンバーはすぐに「使える」アコギを調達しなければならなくなり、"Love Me Do"のレコーディング直前に入手されたのが2台のギブソンJ-160Eであった。J-160Eは当時のアコギというカテゴリーの中ではピックアップが付いているというかなり変わった仕様を持つギターであり、現在のエレアコのルーツ的な存在であった。ギブソンは古くからアコギの電気的増幅に着手しており、1951年に発表されたCF-100Eがギブソン初のエレアコであった。

 

 ステージ上での大音量下でもハウリングなしに使えるアコギを開発するというこのギブソンの取り組みはマーチン社にも影響を与え、1950年代後半にはマーチンD-18E、D-28E(ハンブルク時代、ビートルズがバッキングを努めたトニー・シェリダンも使用していた。D-28に2個のデ・アルモンド製ピックアップが付いているという仕様)が発表された。これらの初期のエレアコが現在のものと大きく異なるのは、そのピックアップ構造で、現エレアコのほとんどの機種がピエゾ・ピックアップ(ブリッジ下に内蔵された小型ピックアップ。小出力である為にプリアンプを用いて増幅される)であるのに対し、初期のエレアコはエレキとまったく同じマグネッティック・ピックアップが用いられていた。つまりJ-160Eは
生で弾いた時にはアコギの音がし、アンプに通した時は極めてエレキに近い音色が得られるという特徴を持ったギターであった。
ビートルズはJ-160Eをスタジオやライブで愛用したが、時にはスタジオでもあえてアンプに通して使用しており、その独特のトーンは初期から中期のビートルズ・サウンドの隠し味となっている。筆者の印象では1960年代のJ-160Eはその特殊なボディ構造(合板のトップ材と特殊なブレイジング)の為に音量も控えめでそれほど鳴るギターではない。しかし、
低音が暴れない為にオケの中では埋もれずに前に出て来るという独特のトーンであると感じた。ポールも1965年頃からエピフォン・テキサンを愛用していたが、この時期のエピフォンがギブソンで製造されていたことを考慮すると、中期までのビートルズのアコギ・サウンドはギブソン系のトーンであったと言えるだろう。

ツアーの終了した翌年の1967年ポール、ジョンが共に入手したアコギはマーチンD-28であった。D-28は数多いアコギの中でも定番中の定番で、アコギのスタンダード的存在と言っても過言ではない機種である。しかもこの時期のD-28のサイド、バック材にはブラジリアン・ローズウッド(ハカランダ)が使用されていた(1969年マーチン社は入手困難を理由にイースト・インディアン・ローズウッドに変更)ブラジリアン・ローズウッドはアコギの材料として理想的な特性を持つと言われ、現在ではあまりに希少になってしまった為にマーチン社でさえ捜していると噂される材である。偶然とは言えビートルズの選んだD-28がハカランダ仕様であったことは幸運と言えるだろう。

マーチンD-28    ギブソンJ-160E ギブソンJ-200

D-28の音はクセのあるJ-160Eとはまったく異なるもので、いわば数々のヒット曲で聴くことのできるスタンダードなアコギの音がする。ややエフェクト処理されているが、"I'm Only Sleeping"がJ-160Eで"All Together Now"がD-28の音色と言えば解りやすいだろうか。D-28はJ-160Eに比べ、低音部の鳴りがかなり大きいのが音源からも感じられると思う。D-28はビートルズ解散後のジョンもポールもほぼメインのギターとして愛用した。そして後期に入り、ジョージが入手したのがギブソンJ-200だ。J-200はギブソンのフラット・トップ・ラインの中でも最上位に位置するアコギで、この辺は高級品指向であったジョージらしい選択だ。マーチンのDモデルに代表される繊細でまとまりのいいサウンドに比べ、J-200はややブライトでジャリッとした芯のあるサウンドがその持ち味だ。"For You Blue"ではその特徴ある音色を聴くことが出来る。

文章中略

その昔、フォークミュージックのシンボル的存在であったボブ・デュランがエレキを持ってステージに上がったところ、観客から激しいブーイングが起きたという話があるが、ビートルズがアコギを使うことで残した功績のひとつは、多様な音楽性によって、フォークとロックとの境界線をなくした事であったのかも知れない。

BCC発刊 The Beatles 2001 12月号 「ビートルズ 使用楽器研究/仲亀正之」 より引用