私が愛してやまないビートルズ、そしてジョン・レノン。そのジョンに対しての気持ちを書くはずが、ビートルズを題材にした、
当人の回顧録になってしまいました。単なる一人の人間の戯言に過ぎません、不快に思われる方は読まないようお願いします。
拝啓、敬愛なるジョン・レノン様 B
第3話 ビートルズファンとの出会い
 昨年夏からのブランクもあったが、高校のクラブは僕の想像を超える厳しさだった。入部間もない頃のこと、後片づけを終えて1年生部員は固まって雑談をしながら、ふざけ合って帰る。そんな時、僕は自分でも気付かないうちに鼻歌でビートルズの曲を歌っていたんだと思う。
「それ、ビートルズやろ、お前ビートルズ知ってるんか?」少し驚いたように声を掛けてきたのは荒木君だった。背が高くて体格の良い、良家のボンボンみたいな育ちの良い面持ちの生徒だ。
まったく馬鹿げた話だが、僕はその荒木君と同じクラスであった事をその時に初めて知ったのだった。
入学から1ヶ月も経とうかというのに信じられない話だが。彼は「あ行」僕は「や行」なので全くの端と端の席だった所為か、それまでまったく気付かずにいたのである。
その後、彼とはそれが切っ掛けで仲良くなり、クラブの帰りにビートルズを歌いながら帰るのがひとつの楽しみになっていた。彼も僕と同じ頃からビートルズに目覚め、レコードは1枚ながら「オールディーズ」を所有していて、僕と同じようにラジカセに曲を溜め込んで聴いていると言う。僕達は意気投合し、お互いのカセットテープを交換しあったりしてビートルズを深めて行った。

次に思い出深いのは高1の秋の文化祭のこと。その当時はパーマをかけるのが流行っていて、僕も皆と同じく背伸びをしたい年頃だったのだろう。パーマをかけたバスケット部のカッコイイ先輩に憧れ、自分もそのようになるものだと思い込んでパーマをかけたのだった。結果は無惨にも似て異なるものであり、僕はショックのあまりその次の日の文化祭を休んでしまった。
そんな折、学校では荒木君が上級生のバンドに聴き入っていた。今から考えると大したバンドではなかったのだろうと思うが、初めて目の前で耳にする楽器の音にカルチャーショックを受けたのだろう、あくる日の朝、僕の髪型を見て爆笑するのも忘れて昨日のバンドの話を語り出した。かなり興奮気味に話す彼の表情を見て、僕は昨日来なかった事を悔やんだ。
その熱醒めやらぬ後日、僕は荒木君と同じ中学出身でバスケット部員である武澤君の家に泊まりに行った。他の部員も2、3人来て騒いでいた。
話題は当然先日のバンドの話になる。僕はそれまでギターが弾けるなどとは誰にも言っていなかった。僕にしては珍しく控えめな感じで皆と付き合っていたように思う。武澤君の部屋には古いガットギターが置いてあった。確かガットギターに無理矢理フォークギターの弦を張ってあったように記憶している。彼は質屋で500円で買って来たのだと笑っていた。弾けるのかと聞くと、大して弾けないと言う。逆に弾けるのかと問われて僕は適当にチューニングを済ませると「Here Comes The Sun」をつま弾いた。

荒木君と武澤君の両君とも、かなり驚いたようだった。あの曲を弾いてくれだの、あれは出来るのかなどとリクエストされ、僕は次々と弾いた。今から考えると大したことのないモノであったと思う。しかし彼等に与えた影響は大きかったようで、そのうちバンドを組もうという提案も飛び出し、その夜はバンド設立の話題で盛り上がった。
当時の僕は既に2つ年下の後輩とバンドを組んでいた。と言ってもギターとドラムは居るが、ベースが居ないといった中途半端なもので、ビートルズの「Day Tripper」や「Get Back」チューリップの「心の旅」なんかを適当にやっていた。
ある日曜日、荒木君と武澤君をバンドの練習場に遊びに来るように誘った。場所は僕が所属していた鼓笛隊の練習場で100帖くらいある広間だ。ドラムやアンプなどはそこからの借りものである。
僕とてエレキギターは持っていなくて、中学時代の友人佐野君の知人からの借り物で、アームが突き出していたのを考えるとモズライトのコピー物だったように思う。ここで彼等二人は経験のない新鮮な光景を目の当たりにするのである。

 C

Copyright(c).Cuts. all right reserved