Episord 9 橋渡し

 当時の状況をよく知るボブ・ウーラーによるエプスタイン評を聞いてみよう。
「ブライアンは彼らの守り神であり保護者だった。でもロンドンで契約を獲得して来るまでの彼は、やたらに約束ばかりちらつかせる、そこらのマネージャーと何ら変わりなかった。幻滅し始めて連中の親達も、何故いつまでたっても仕事の話が来ないのか不満を漏らすようになっていたよ」

エプスタインは驚くほどの大金持ちというわけではなかったが、ビートルズの家族達からすれば、富豪と言えた。
その経済的に有利な立場にあることで、ビートルズが彼に従ったという要素は確かにあっただろう。
しかし、ビートルズはいつまでもこれといった仕事がない状況に我慢出来るはずもなかった。エプスタインは、結果を見せなくてはいけなくなった。

彼は何度となくロンドンに行き、そのたびに意気消沈して帰って来た。それは傍目にも気の毒なくらいだったと言う。
家族やNEMSの従業員たちに対しても、気まずい思いをしていた筈である。
さらに、ビートルズはリバプールで、バリバリの不良を含めた若者たちを相手に演奏活動をして来たロックグループだったのだ。ビートルズは、エプスタインの居ないところで、彼のことをネタにして嘲っていた。エプスタインの上品な物腰、語り口も、彼らには絶好のからかいの対象となった。
エプスタインもそれには気付いていたようだが、だからといってそれに対して抗議したというようなことは無かったと言う。エプスタインはビートルズで成功するためなら、プライドも捨てられた。必ず成功する道はある筈だと信じていたからである。

ジョン・レノンがわずか40歳で凶弾に倒れ、伝説化した今となっては、当時の彼らがどれほどワルだったかを想像出来ない人もいるようだが、当時をジョン自身が振り返ってこう語っている。

「学校にいた頃は、僕は飲むと暴力的になってね。その頃は美術学校での友達がボディーガードみたいな役をかってくれていた。僕が誰かと言い争いを始めると、うまく僕をなだめてやめさせてくれた。それでも電話ボックスのガラスを殴って割ったことを覚えているよ」
世話になったはずのボブ・ウーラーに対しても暴力を振るっている。
「奴が僕をホモだってほのめかしたからなんだけど、僕は猛烈に酔っぱらってアイツを殴った。あの頃は本当に誰かを殺しかねなかった」

この時はポール21歳のときの誕生日だというから、ジョンは23歳。もう、ある程度有名になってきた頃のことである。
ジョンは、満ち足りないものがあったのか“ひどく自己破壊的”な生活が続いていたのである。そんな彼らのジョークは、辛辣をきわめた。“デッドパン deadpan(無表情)”によるジョークで、エプスタインを困らせていたわけである。

しかし、エプスタインは、それを刺激にして、マネージャー業に取り組んだといた節もある。エプスタインとビートルズには、ある不思議な信頼関係が成立していた。
エプスタインは、ビートルズのライブには必ず立ち合い、あのキャバーン・クラブでのコンサートにも、「連中にはナイショだよ」といいながら姿を見せていた。ビートルズはビートルズで、楽屋入りして、機材のセッティングをしながら必ずこう聞いたと言う。

「エッピー(エプスタイン)は来てる?彼は来るって言ってた?」

地道なエプスタインの戦略は、次第にビートルズのギャラを上げていった。相手が唖然とするような高額な要求を当然のようにする。それでは高過ぎると、低めの額を提示されても、受けなかった。すでにドイツでの実績があったビートルズは、このエプスタインの手腕により、当時としては相当高額な契約を結ぶことに成功した。

1962年4月13日から5月31日までの7週間、ハンブルグでの演奏契約は、“巨額”といってもいい取り引きとなった。彼は、ビートルズが特別なものであるというイメージを創り出して行く。それまで汽車やフェリーで行っていたドイツへは、飛行機で行くことにした。ギャラも上がり、飛行機での旅。ビートルズがやる気になるのは明らかだった。

ブライアンは、ロンドンのオックスフォード・ストリートのHMVレコード店を訪れた。彼は、これまでのようにビートルズがバックバンドとして演奏している「マイボニー」を聞かせるだけでは効果が無いことにやっと気づいたようだった。
デッカのオーディションを受けたときに録音したテープを、アセテート盤のレコードにコピーしてもらうために、やって来たのである。担当者のロバート・ボーストとは知り合いだった。
ボーストは、所属するEMIですでにビートルズが断られたことを知らなかった。それで彼は、部下の録音技師ジム・フォイに、これを聞いてみて、もしよかったらレコード部門の人間にあたってくれと頼むのである。

ジム・フォイは、いい耳を持っていた。彼はテープを聞いて、これは素晴らしいと感じたのである。ほとんど無名のグループに対して、力になってくれそうな人物は.....
そう考えた彼は、同じHMVの4階にオフィスを持つシド・コールマンに電話をする。
エプスタインは、すぐにテープを持参し、コールマンにビートルズを聞いてもらう。コールマンは、EMIの音楽出版部門の責任者だった。

「これをもう、誰かのところへ持っていきましたか?」
「あらゆるところへね!!でも、まだどうにもなりません」
エプスタインが正直に答えると、コールマンはこう切り出した。
「ジョージ・マーティンはどうです?」
「ジョージ・マーティンって誰です?」
ビートルズが世に出るに際し、絶大な力を発揮することになるあのジョージ・マーティンの名前を初めて耳にした瞬間である。

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