Episord 71 リンゴのつぶやき

 ビートルズが設立した会社「アップル」で、唯一、それらしい成績を上げていたのは、やはりレコード部門だった。「ヘイ・ジュード」、「悲しき天使」は大ヒットしたが、いずれもポール絡みの曲である。ジョンは、ヨーコに夢中になり、アップルへの貢献度は殆ど見られない。
ヨーコは歌手としても世に出ようとしていたことがあった。アイランド・レコードにデモ・テープを送っている。
彼女は、前衛ジャズといったような処に居場所を定め、それなりに存在理由があるかと思わせるパフォーマンスをしている。自分の声をいろんな具合に発声することで...金切り声やうめき声...ある種の人々にはそれなりの魅力(?)を感じさせるものがあったのかも知れないが...

シェーンベルクの創り出した「相互の間にのみ関連づけられる12の音による作曲技法」、つまり“12音技法”…ペンデレツキの多数の弦楽器によるトーン・クラスター(密集音塊)の技法や、伝統にとらわれない楽器奏法...といった前衛的な音楽分野があるということを知っているインテリ達には、何らかの効力(?)があったのかも知れないが、一般的にはどうだろう。
これは明らかに最初の夫、一柳慧(いちやなぎとし)による影響が大きかったと思われる。彼は、ジョン・ケージに師事して、日本にアメリカの実験的音楽を紹介した人物でもあった。

ジョンはヨーコにベッタリで、ヨーコが行おうとするアバンギャルドな音楽を一緒に行うのである。しかし、シェーンベルクやペンデレツキ、ジョン・ケージ等々の音楽の知識があったにしても、まったくメロディーを無視したような作品が、一般的に受け入れられる筈はなかった。
ジョンとヨーコはビートルズとは全く関係なしに、アルバムを発表した。しかし、やはりこれはジョンが係わっていたからこそ発表することが出来た作品といって、まず間違いないだろう。あのジョン・レノンが関わっているのだから...

従来のビートルズファンの中には、そこに何らかの意味を見い出そうとした者も居たのかも知れない。
しかし、そういうこと以上に2人が出そうとしたアルバムのジャケット・デザインは多くの人々を戸惑わせた。
ブロードウェイのミュージカル「ヘアー」で全裸の役者が登場し、それが話題を集めたという時代ではあったが、ジャケット写真はジョンとヨーコの一糸まとわぬ姿だったのだ。ついにジョンもおかしくなったか、と考えた者も少なくなかったのである。

リンゴ・スターもまた、ビートルズとは直接関係の無い世界で活動をしていた。伊仏合作映画、「キャンディ」への出演もその1つである。原作は「イージー・ライダー」などの脚本家としても有名なテリー・サザーン。
しかし、発禁処分にもなったという作品で、映画も成人向き指定の作品となったのは、残念だった。と言っても、出演者は凄い。マーロン・ブランド、ジェームズ・コバーン、 ウォルター・マッソーといったそうそうたる役者が揃っている。リンゴの役は、聖職を志ながらも世俗的な欲望に溺れて行くというメキシコ人庭師というもの。

「あの頃では最高の作品だと思ったんだ。神経質な男の役でね、当時、僕も神経質になっていたからぴったりだったんだよ」ビートルズの映画で“役者”としての素質があると認められていたリンゴには、さまざまなオファーがあったようだが、リンゴは自分にそれほど役者として素質があるとは考えていなかったようだ。
「僕が何も曲を書かないから、映画にでもと思ったんじゃないかな」あくまでも控えめなリンゴである。
「ビートルズのメンバーじゃなかったらこの役は貰えなかったと思うよ」話題にはなったが、評論家達は、マーロン・ブランドやジェームズ・コバーンについて費やすほどの言葉をリンゴに使うことはなかった。

トールキンの「指輪物語」の映画化という話もあった。リンゴにはギャムジー役が考えられたというが、リンゴ自身が乗り気ではなかった。その完成までに、あまりにも時間がかかり過ぎるというのだ。現在のようなCGなど考えられなかった当時に、「指輪物語」が創られたらどうだったろうという興味もわくが、リンゴはすぐに興味を失うだろうと考えた。
「完成させるのに1年半は掛かるし、途中で飽きてしまうのはハッキリしているよ。今すぐ始められることじゃなきゃ。すぐに他のことに興味が移るんだ」
アップルについてのリンゴの考え方は、基本的にそれに似ていた。ただ、飽きたからといってすぐに投げ出すわけにはいかない。しかし、乗り気でなかったことは確かで、こんな発言をしている。

「必要なときだけアップルに関わることにした。建物を取り壊すかどうかを決める会議があれば、出席して『賛成』って手を挙げるよ」音楽については、他のメンバーほど派手な活動はしていないが、ジョージやポールのために、進んで参加している。

ヨーコはポールに代わって、自分がジョンのパートナーとなったと自負していた。ヨーコはリンゴが協力者となってくれるかどうかを確かめようとしていた処があった。そして著作「グレープ・フルーツ」や映像作品「bS」等々でリンゴの関心を引こうとしたが、それらにリンゴは全く興味を示さなかった。
ジョンとヨーコのアルバム「トウ・バージンズ」のジャケットは、発売前に「ザ・ニュース・オブ・ザ・ワールド」紙に掲載されてしまう。アップル幹部たちは慌てて、何とか発売中止をしようとジョンを説得したが、無駄だった。いくらか延期はされたが、結局は発売されてしまったのだ。このアルバムに対する一般的評価は、リンゴの言葉で推測していただきたい。

「2人のレコードには、ついていけなかった」(リンゴ)
しかし、ジョージとポールに比べれば、リンゴは、表向き、ヨーコを理解するような発言をしている。
「ヨーコには自分の活動があって、5人目のビートルズになろうとしているわけではないと言うことをみんなが理解してくれればいいんだけどね」ビートルズが解散した後も、リンゴはヨーコがその原因ではないと言っていた。
しかし、ジョンが凶弾に倒れた時には、こうつぶやいた。

「すべては彼女から始まったんだ」

この言葉が何を意味するのかは、微妙な処である。リンゴをよく知る者によれば、それはジョンの死による混乱が言わせた言葉だろうという。
しかし、それにしても、突然現れたヨーコに対するリンゴの気持ちが、表向きに述べていた言葉とは違って、かなり複雑なものであったことは間違いなかったと思わせる言葉ではなかろうか。

                                完

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