クラウス・フォアマン回想録 B
永遠のグルーヴ
第3話 母親がわりのアストリット
あのアストリット・キルヒヘアとともに無名時代からビートルズと関わった男
 初期のビートルズのハンブルクでの話を聞いたり読んだりすると、たいがいは作り話なのでびっくりしてしまう。時にはあまりの馬鹿馬鹿しさに笑いを堪えきれなくなる。特に実際その場にいなかった人の話や、当時まだ生まれていなかった人の話を聞くと...。
 しかし、過去とはそういうものなのかも知れない。人は良い思い出だけをさらに美化し、悪いところはホコリのように掃いて絨毯の下に隠してしまう。しかし、だからこそ様々な経験は人生を形成し、人が成長するのに欠かせないものなのだろう。
 ハンブルクで演奏を始めた頃、ジョージは17歳になったばかりで、ビートルズはまだほんの子供だった。その若さで故郷から遠く離れていたのだから驚くべきことだ。人はどうしてもビートルズという「神話」に先入観を抱き、彼らを現実の人間ではなく、スーパーマンのような存在と取り違えているようだが、実際は普通の感覚と感情を持った、君や僕と何ら変わらない人間なのだ。
 だからもちろん、彼らはハンブルクで楽しい思いもしたが、孤独でホームシックになったりもしたのだ。ジョンは彼特有の皮肉でもってそんな素振りをうまく隠していたけれど、フラストレーションが溜まると周りの物を蹴って怒りを発散していた。
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 ビートルズが働いていたのは、暴力、セックス、酒、ドラッッグが当たり前の地域だった。アウトサイダーにとってそれは魅力的でエキサイティングかも知れないが、音楽が演奏出来るというだけで偶然その場にいた彼らにとっては理想の場所とは言えなかった。
 昔、僕はバンビ・キノという映画館の一室で座っているジョンとポールを描いたことがあるが、その絵を今観てみると、すべてを美化しているような気がする。実際はそんなもんじゃなかった。彼らは箱のような部屋に住んでいた。ベッドだけで部屋がいっぱいになるくらいの狭さだった。窓もなく味気ないコンクリートの壁、収納スペースもなく、裸電球が唯一の照明だった。それでもリンゴや他のハリケーンズのメンバーに比べたら、まだましだった。彼らはカイザーケラーの楽屋の二段ベッドで寝泊まりさせられていたのだから。
 カイザーは地下にあり、小さな窓はむき出しだった。そして、われらが愛するクラブ・オーナーのブルーノ・コシュミダーがとても馬鹿馬鹿しい手を考えついた。若いミュージシャンが夜の街、セント・ポーリに誘惑されないように。
 彼らが女や酒に金を使う唯一の場所がセント・ポーリだった。しかし、オーナーが真に望んでいたのは、そういった誘惑ではなく、ぐっすりと寝て次のステージに備えて欲しいということだけだった。そういうわけで早朝にクラブが閉店すると、なんと彼は外から鍵を掛け、ミュージシャン達を外出はおろか、一歩も外へ出られないように閉じこめたのだ。
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中でもし火事でもあったらと考えただけでもゾッとする。無責任きわまりない、犯罪者同然の行為だが、ドル箱の彼らを管理するために、われらがブルーノがない知恵を絞って考えた唯一の手段だったのだ。
このような暮らしに耐えるにはタフにならなければならない。たいていの人はタフになれなくて、この荒波に揉まれているうち、ひどくやつれてしまうのだった。
素晴らしいステージとはうらはらに、このようなクラブにずっといると、次第に人間らしさというものが失われて行く。空も陽も木々もなく、ノイズだけが絶え間なく続く。そうすると疲労困憊、顔は青ざめ、目は血走り、人生はクラブのステージの上だけとなり、人は次第に夜の生物へと化して行く。僕にとっては素晴らしくもつらい日々だった。

 僕は毎晩街に出て、早朝まで「僕のお気に入りバンド」が出演するクラブで過ごし、7時には起きてハンブルク市内でのコマーシャル・アートの仕事に出掛けるといった二重生活を送っていた。だが、多くの人が同じような経験をしたことがあると思う。それが成長の一過程なのだから。
 そばかすだらけの幼いクラウスから夜の生物への変化は止まらなかった。僕らの影響とアストリットの成熟した強い母性本能がビートルズの生活状態を変えるきっかけとなったことは明らかだった。心温かなアストリットの母親は、娘の願いを拒否できるわけがなく、娘と一緒になってイギリスからの新しい友人達を手厚くもてなした。人柄が良いだけではなく、アストリットの母親は料理上手でもあった。
アストリット本人も母親譲りの料理上手だった。この時代のビートルたちの気持ちは手に取るように想像できるだろう。かたや箱のような住まいと、安くてギトギトしたレーパーバーンのジャンクフード。それに比べてアストリットの快適なアパートメントでウィーン風子牛のカツレツやハンブルクの名物魚料理でもてなされるようになったのだから。時々彼らはあまりの気持ちよさにバスタブから出てこないこともあった。それまでのハンブルクでの経験に比べたら、キルヘヒル家での温かいもてなしは最高に嬉しかったに違いない。
 彼らのリバプール生まれのロックンロールの才能と、僕らのソフィスケイトされた部分と見せかけの主知主義とが不思議に融合し、とても面白い共生となった。特にジョンは僕らの世界に心奪われていた。スチュアートにいたっては自明の事実だ。まるで彼はずっと望んでいた場所に、ついにたどり着いたというような調子だった。
 すぐにアストリットとスチュアートは仲よくなり、自然にふたりは付き合うようになった。僕はこのことで傷つかなかったかと聞かれるが、答えは「ノー」である。ほんの少しプライドが傷ついたが、嫉妬心はまるでなかった。
 僕とアストリットは、よく「真に愛し合うカップル」として描かれているが、ふり返ってみると決してそうではなかった。たとえるなら兄弟姉妹のような関係だった。一時期僕は彼女に夢中になり、彼女にあこがれたが、男と女の親密な絆はなかった。そこには変な子供っぽさと恥ずかしさがあった。彼女の強烈な母性本能に操られることを僕はうっとうしく感じていた。母親が子供に独りでするための余裕を与えず、窮屈にさせるのに似ていた。
 ただ、ビートルズの場合はそれがうまい具合に作用したというわけだ。故郷から遠く離れ、寒いハンブルクでアストリットは彼らが必要とする母親がわりになってくれたのだから。彼らにとっては、それがパーフェクトな状態だった。それは素晴らしいことであり、僕はそこからどんな良い結果が生まれるのか、楽しみに見守っていたのだった。
ザ・ビートルズ・クラブ 「クラウス・フォアマン回想録」より引用

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